大阪地方裁判所 平成8年(ワ)6064号 判決 1997年7月28日
原告
平仙蔵
被告
西日本旅客鉄道株式会社
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、金九三万四八九〇円及びこれに対する平成八年七月一一日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、平成七年九月一三日、被告大阪環状線新今宮駅において、電車に乗ろうとした原告の左手が電車のドアに挟まれ、原告が負傷した事故(以下「本件事故」という。)につき、原告が 被告の債務不履行(安全配慮義務違反)及び使用者責任を主張して被告に対して損害賠償を求めた事案である。
一 争いのない事実等(証拠摘示のない事実は争いのない事実である。)
1 人間関係等
本件事故当時、原告は被告の乗客として、被告環状線環状外回り電車に乗車しようとしていた者であり、新今宮駅列車扱い訴外横山勝治(以下「訴外横山」という。)及び原告が手を挟まれた電車(環状外回第一六八二電車、以下「本件電車」という。)の車掌は被告従業員であった。
2 本件事故の発生
平成七年九月一三日、被告大阪環状線新今宮駅環状外回り線ホームにおいて、本件電車に乗ろうとした原告の左手が電車のドアに挟まれ、電車がそのまま出発したために、原告は本件電車とともに併走し、約一〇メートル進んだところで手を引き抜いた。
3 原告の負傷
原告は本件事故により左手挫傷の傷害を負った(甲一、甲二)。
二 争点
1 被告の履行補助者でもある訴外横山及び本件電車車掌(以下単に「車掌」という。)の過失
(原告の主張)
被告は、原告との旅客運送契約に基づき駅員及び車掌等を通じて電車に乗ろうとする乗客の安全を確保する義務を有しているところ、本件事故は、訴外横山及び車掌が原告のいた後方の確認をせず、また、車掌も前方の確認をせずに電車のドアを閉めたために惹起されたものである。
(被告の主張)
本件事故は、すでに電車の扉が閉まり始めているにもかかわらず、原告が、閉まり始めた扉に左手を差し入れて無理に乗車しようとしたために発生したものである。
2 損害全般
第三争点に対する判断
一 争点1(被告の履行補助者でもある訴外横山及び車掌の過失)について
1 争いのない事実等、証拠(甲一、甲二、甲七、乙一ないし三、検乙一ないし六、原告本人及び証人横山勝治)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(一) 本件事故現場は、被告新今宮駅の大和路線下り(三番)及び環状外回り(四番)ホームのあるプラットホーム上である。右プラットホーム上の中央よりもやや西寄りには、同駅列車扱いが電車の来ないときに詰めている詰所がある。そして、同詰所のやや西側及び東側の脇には一台ずつ公衆電話が設置されており、両公衆電話と電車の扉との距離は、いずれも約二メートルほどである。
(二) 訴外横山は、電車の来ないときは詰所にいるのであるが、本件電車が近づいてきたので詰所から出て、詰所の脇の四番ホームに立った。なおそのときは原告は詰所西側の公衆電話から電話をしている最中であった。
(三) 訴外横山は、環状外回り列車の接近に伴い、ホーム上にいる乗客に注意を促すアナウンスをし、到着する当該列車の列車監視を行い、列車到着と同時に駅案内のアナウンスをするとともに乗客の乗降を監視した。
(四) 列車の出発時刻になり、発車促進ブザーが鳴ったので、訴外横山は「外回り電車が発車します、ドアが閉まりますのでご注意ください。」と二回ぐらい繰り返し、まず先頭車両付近を注視して乗客が完全に途切れるのを確認するとともに、最後部車両付近を注視して乗客が完全に途切れるのを確認して最後部車両方向に体を向け、車掌に対し、白色灯で客扱い終了合図を出した。なお、訴外横山が先頭車両付近を注視している際には、原告はまだ電話機のところにいた。
(五) 車掌は、訴外横山の客扱い終了合図を確認して電車のドアを閉めた。本件電車には各車両ごとに車側灯がついており、ドアが閉まると消えるようになっているが、訴外横山は、車側灯が消えたことも確認した。そして、訴外横山は、電車が動き出したので、すぐ前を見たところ原告が電車と一緒に走っていくのを発見し、直ちに車掌に対し赤色灯を出して電車を停止させる措置をとり、それに応じて電車は停止した。
(六) 以上認められる事実に照らすと、訴外横山ないし車掌がドアを閉めるに際し、ドア付近の安全を十分に確認することを怠ったということはできない。
2(一) 右認定に反し、甲七号証(原告作成の陳述書)及び原告本人尋問において、本件事故当時、原告は詰所東側の公衆電話から自宅に電話して歩いて電車に乗ろうとしたところ、急にドアが閉まって手が挟まれたこと、訴外横山及び車掌がドア付近の安全を十分に確認しなかったことをうかがわせる記載ないし供述(以下、単に「供述」という。)をしているので以下検討する。
(二) まず第一に、原告は、本件事故の直前に自宅に架電していた場所は、詰所の西側の公衆電話ではなく東側の公衆電話であり、左手を挟まれたのは四両目の車両の前から三番目のドアであったと供述する。しかし、電車が発車して間もなく停止していることから、訴外横山が本件事故当時、詰め所付近のかつ本件電車の最後部にいる車掌に合図を送れる位置(つまり線路の近く)にいたことは確実であるところ、かりに原告主張のとおりだとすると、原告は本件電車が発車して停止するまでの間にホーム上にいた訴外横山に接触するか少なくとも同人のすぐ脇を通過することになるはずである。しかし、実際にはそのような事実は認められず、原告の右供述は不合理である。
第二に、原告は電話を終えて電車に歩いて乗ろうとしたら(走ってはいないという。)、左手を挟まれたと供述する(なお、原告は準備書面においては「ゆっくり歩いて乗ろうとした。」と主張している。)。ところが、原告の負傷の態様は、左手の五指のうち親指を除く四本の指がドアに挟まれた(原告本人)というものであるところ、左腕をほぼ地面と水平まで振り上げなければこのような負傷態様になるとは考えにくく、およそ電車に歩いて乗ろうとする者がこのように腕を振り上げて歩くとは考えにくいから原告の右歩いて電車に乗ろうとしたという供述は不自然である。また、電車のドアが閉まりはじめてから閉まりきるには二秒から四秒を要し、しかもドアは閉まる途中で一回止まる動作をするところ(乙四、証人横山)、歩いて乗ろうとする者がこのような閉まり方をするドアに指先だけ挟まれるというのは、本件電車のドアの開閉状況に照らしても不自然である。
(三) 以上のとおり原告の供述は、事故直前に電話をかけていた位置及び電車に乗ろうとしたときの自己の行動というその重要部分において不自然かつ不合理な内容を含んでおり採用することができないものといわざるを得ない。他に原告主張の被告の履行補助者でもある訴外横山及び車掌の過失を根拠づける事実を認めるに足る証拠はない。
二 よって、被告の債務不履行及び使用者責任を認めることはできないので、その余の点につき判断するまでもなく、原告の請求は理由がない。
(裁判官 松本信弘 山口浩司 大須賀寛之)